バーベキューからの飲み会

先日、サークルの新歓バーベキュー、その後飲み会に行ってきました。昼に飲み始め、終わったのは夜でした。これだけの長時間お酒を飲んだのは初めてでした。

バーベキューでは新入生とたくさん話すことが出来ました。話をしていると出身高校が一緒だったり、回生が一緒だったりといろいろと知ることが出来ました。

食べ物は新入生に譲っていたのでお酒か食べ物だとおそらく胃にはお酒の方が多かったかもしれませんが、なんやかんやとお腹は膨れました。
二次会では、一次会で飲んだ分が残っていたのであまり飲むことが出来ませんでした。特にビールが苦手なので、一杯目のビールではかなり苦労しました。

その後の青リンゴサワーはシロップを好きなだけ入れていいということだったのですが、完全に酔いが回っていたのか加減がわからずただの甘い飲み物になってしまいました。二次会では先輩方がダウンしてしまいました。あのような映像を見ると、自分も気を付けなければと思います。

東京オリンピック・パラリンピックのエンブレムが決定したとのニュースについて

昨日のニュースで東京オリンピック・パラリンピックのエンブレムが決定されたとの報道がありました。決定になったのは藍色の一松模様のものです。

人によっては地味ではないかと言っています。決定になったエンブレムは日本の伝統を生かしたものであると言っています。前回のエンブレムはベルギーの劇場のマークの盗作ではないかと騒がれましたので、今回は慎重に調べたとのことです。

 ものを単純化したデザインはどうしても似たものがでてくる可能性があります。字、特にローマ字をデザイン化すると同じような物が出て来るのでしょう。

前回はそのことで、騒がれたようです。今回は日本的なものをデザインしたといっていますので、前回の様になってもらいたくないと思います。審査員の圧倒的な支持がありますので、またやり直しては時間やお金がかかってしまいます。決定になったものにも意見は色々あるでしょうが、このままその決まったものを使ってもらいたいものです。

今日の仕事はとてもとても

今日は全く散々な一日だったよ。
本当に疲れた。いやという程です。
みんなから「調子悪そうだね」とか「休んだ方がいいんじゃないの?」とか言われる始末でした。

確かに昨日の仕事が残業があったから完全には疲れは取り切れていないは事実です。
でもしっかり寝て、体にマッサージを施して何でもない状態にして行ったのは間違いない事実なんです。
たとえ、絶好調ではなくとも好調をキープしていたのです。
なのになんでああまで言われなければならないのか。はっきり言ってむかつきます。

お金をいただいている以上、やるべき仕事はやるのが仕事をするうえでの最低限の不文律だと思います。。
だからこそたとえ疲れていても、仕事を続けるのが私の使命です。

私は、ほぼ完調に近い状況まで持って行けていたのです。
疲れていたとしても、仕事中そのそぶりを見せない事が私のプライドです。

あんまり人の事を勘ぐらないでほしいです。
かえって疲れるだけだからだろうと思います。

寝て明日に備えます。おやすみなさい。

義母の決めた保育園での再就職

主人の母は、医療事務で長い事働いてきました。
しかし還暦を迎えて、退職されました。
なので、さぞや先に退職したご主人とのんびり仲良く暮らしているだろうと思ったら、もう無理だと言い出しました。

どうやら、これまでは昼間は別々の場所で仕事をしていたご主人と、ひたすら家で一緒にいるのが苦痛なのだそうです。
決して仲が悪い訳ではないのに、いくら仲良しでも毎日ずっと同じ空間にいるのは息がつまるみたいですね。

だから、熟年離婚て多くなってるのかもしれないなと思いました。
けれど、そのまま我慢している義母ではありませんでした。
また、働く事を決めたのです。
今さら違う仕事をするなんて思ってなかったのですが、医療事務でなく保育園でのお手伝い要因のパートなんだそうです。

子供と関わるというより、掃除したり飾りを作るのを手伝ったりが主な仕事だそうです。
義母は、孫の世話も好きだし子供のいる職場は合っていると思いました。
それに、働いてる方が元気なので、決まって良かったと思います。
朝と夜だけ一緒のほうが、義父とも上手くやっていけるみたいですしね。

やっぱり、通信制高校はいいんじゃないんでしょうか

日本ではどうしても、高校卒というのが、影響してきますね。
残念ながら、中学卒は幅が狭まれてしまいます。

通信制高校は、いいのではないでしょうか。その間、つまり三年で、色々とやっておく事もあるでしょうし、やはり学費が無料というのが、メリットですよね。
学歴にこだわらないけど、自営で何かやるというのなら、得といえるでしょう。

又、一気に大学院の名前ばかり発行するような所に、行ってしまうのも、手ではあります。地方の大学院なんて、そんなものですし、自由ではありますが、ちょっと急ぐのなら、大学院も手と言えるでしょう。

それにしても、今日は眠いなあと思います。元々、学歴なんか、自分には、どうでもいいのです。
要は、自分の好きな事が、出来ればそれでいいのですよ。

とはいっても、入学金など、ないかなあと思うのですけどね。金がないから、通信制高校に行くという考え方もあります。

何で高校卒ではないと、いけないのではないでしょうかね。少し不思議だとも思うのですけどね。
昼間の高校なんか、あんまり関係ないのではないかと思うくらい、高校卒って、価値が分かりません。

褒めて褒めてのトイレトレーニング

ようやく幼稚園に入園したのを機に、我が家の下の子も遂にパンツで生活するようになりました。
上のお兄ちゃんに比べると、あまり本気でトイレトレーニングをしていなかったので入園ギリギリまでオムツでしたが、それでもお兄ちゃんよりもトイレトレーニングはスンナリと進んだように思えます。

お兄ちゃんの方は、早くにオムツ外そうとしたけれど、もうパンツでいけると思ったらまた失敗する、を繰り返していたのでとてもイライラしていた記憶があるのです。
私も、もう完璧だと思ってもまたお漏らしするのでつい怒ってしまい停滞している時期が長かったのです。

それに比べて弟はいきなりパンツにして、漏らしても決して怒らず、トイレに座れたら褒めて、おしっこ出来たら褒めて、を徹底していた気がします。
そしたら、1週間くらいは漏らす事もあったのですがその後は一気にちゃんとトイレで出来るようになってました。

もちろん膀胱の発達の度合いもあるのでしょうけど、やはり失敗を怒ってしまうと子供に良い影響はないんだなと思いました。
失敗するから学ぶのだから、子供の失敗は良い失敗だったね、と笑って言えるお母さんになりたいと思います。

ついに新年度!1年生はいろいろ大変な時期かな

今の時期は入学式が終わり、新年度の授業がスタートした頃ですね。学生ではないのに卒業から結構な歳月が流れた今も、この時期は毎年、新生活する学生に思いを馳せます。

中学1年生は授業に付いていくのが大変だろうなぁ。初めて中学の授業を受けたとき、進むスピードが小学校の2倍だと感じました。

それに中学からは部活が本格化してくるし、活動実績も高校受験のときに影響してくる。

ここが小学時代とは違います。

大きな環境の変化を味わったため、小学校よりも中学のときの自分が記憶に残っていて、同情してしまいます。

小学1年生も作文や漢字、足し算と自分にとって難しい授業だったけど、中学は進学のために成績が関わってくるから難しいとかって逃げてられない。

だから、中学に入ったとき、いよいよ戦いが始まったと思いました。

入学当初の休み時間のエピソードがあります。

誰の筆箱が可愛いかという話になり、可愛い筆箱を使っている子のところに人が集まっていた。

私は小学校6年生のときからのデニム生地の筆箱を愛用しており、中学生から見ればシンプルすぎて可愛さが足りない感じ。

それに1年も使うと使用感が出て、新鮮さが薄れてきます。

やっぱり注目されず、椅子に1人寂しく座り、次の授業を待っていました。

友達出来ないのかな?って不安だったけど、それも最初だけ。3ヶ月踏ん張ったら、しゃべれる子がどんどん増えました。

麺派の長男、米派の次男に手間取る母親

子供が行事で頑張った日なんかは、母親としては好きなものを夕飯に出してあげるくらいはしたいものです。
だから、そんな日には子供たちに何が食べたい?と希望を聞くのですが、二人の子供は微妙な答えをします。
麺が良い、という長男に、米が良いと言う次男。

せめて、唐揚げ、とかハンバーグ、とか言われたらどちらも作れば良いやと思うけれど、主食が違うとなると面倒です。
でも聞いた手前、それぐらい出してあげなくてはと別々のメニューとなるのです。
弟なんて、全くこちらの手間も考えることはないので、食事でお蕎麦を出したりすると自分は米が良いな、と普通に言い出します。
炊いてあるなら仕方なく出すけれど、そしたら米と食べるオカズも必要になるし二度手間です。

まあ同じ様に育てても好みの違いがあるのはわかるんですけど、たまには米でも麺でも文句言わずに食べていてもらいたいものです。
嫌いなわけじゃないんだから、毎日好きなものを食べられると思われたらかないません。
まだ小さいうちから、いつも希望がかなうわけではないと教えていかないとダメですね。

夜の空気、香りを感じるということ

僕は夜が苦手だ。しかし夜は大好きだ。
この意味が、お分かりいただけるだろうか。お分かりいただけるだろうか。
「もちろん!分かるさ!」という方とは是非お友達になりたい。
例えば僕は辛いのが苦手だ。しかし大好きだ。というのに非常に似ていると思う。
刺激を求める傾向にある僕の脳は辛いのを好んで食す。
しかし、体質的には敏感なので辛いのを食べると汗がすぐにぶわっと噴き出す。そして汗をポタポタ落としながらひぃひぃ言いながら食すのである。
もし辛いのが好きで辛いのが得意な人ならそこまで汗をかかないし、ひぃひぃ言わずに無言でぱくりと平らげるだろう。
そこらへんの違いである。
スポーツが好きだけど運動音痴とか。
歌うのは好きだけど音痴とか。そんな感じだ。
僕は夜の景色が好きだ。闇の中では生きていけない人間が四苦八苦して作ったネオンは美しい。闇の中で輝く光。好きだ。
何かこう、希望を垣間見える。
夜の静けさ。場所によっては騒がしいがそのどちらも好きだ。
夜の空気。夜の匂い。気温。全てが僕の心をセンチにさせる。
しかし僕の小さいハートでは、そのセンチによって引き起こされるのか、孤独感が増してくるのだ。
一人の夜。寂しさが募る。
胸の真ん中あたりがキュウゥっと締め付けられる。
しかし孤独を感じた時、僕は祈る。「今孤独なんで友と呼んでくれるジーザス。助けて」と。するとたちまち平安がやってくる。
やってこない時も多々ある。しかしそれはジーザスが悪いのではなくて僕に問題があるからだ。
夜が寂しくなるのはやはりそれは終わりを感じるからではないだろうか。
一日が終わる。終わるというのは寂しいものだ。
しかしその先に希望の始まりがある。
夜、寝たくないと思う時がある。
それはきっと終わりたくないからだろう。
だから僕は昔夜更かしをしていたんだろう。終わりたくないんだ。何故なら昔の僕からすると終わりは虚無だから。
だから夜は起きっぱなしで朝に寝るんだ。そして夕方に起きる。
そうしたら終わることはない。間違った方法だ。
しかし今は終わりは虚無ではないことを知っている。
終わりは全ての始まりなのだ。
だから僕は安心して眠ることが出来る。
しかしながら、完全ではない僕は今でも夜が寂しく感じる。
孤独が増して、誰かと連絡を取りたくなる。
誰かと繋がっていたいと望む。
センチに酔うのはきっと自己憐憫の類だ。それは罪だ。
センチの先にはニヒリズムが待ち受けている。
夜、闇。ネオンの光は人の作った虚像の光。
それが無くなればまっくら。何も無い。虚無。
それがニヒリズム。
しかし僕は今こう考える。
夜、闇。ネオンの光によって人は安心することが出来る。
それが無くなればまっくら。だからこそ人は希望の光を照らし続ける。安心できるように。
しかしそれは一時の安心。人口の光はやがて消える。永遠ではない。しかし永遠の光、永遠の安心を与えてくれるお方がいる。
そのお方と出会うその日まではなんとかその一時の光で希望を持って生きることが出来る。永遠の希望に出会うのを願って。
永遠の希望を持った僕は夜も安眠することが出来る。
寂しさもそのうち解放されると信じる。
ヨ、夜。
僕は夜が苦手だ。しかし夜は大好きだ。

ナポレオンについての衝撃の事実

よくあまり寝なくていいと主張する人がナポレオンは1日3時間しか寝なかったって言いますよね?

そのかわりに空いてる時間に仮眠をとれば、トータルの睡眠時間がかなり短くて済む。

ショートスリーパーっていうんですか、そんな主張をする人たちがいます。

ですが、最近知ったんですがナポレオンって別にショートスリーパー目指してたわけじゃなかったそうなんですよ。

実はナポレオンは重度のコーヒー愛好家だったらしいんですね。

「体を暖め勇気を引き出してくれる、このコーヒーを兵士達に与えよう。

 余の作戦と優れた兵士達がいれば、世界はわが手の中にあるも同然である」

皇帝にまで登り詰めた軍人が、その指揮官としての力と同じくらいにコーヒーは凄いと言い出すんですよ。

もう間違いなくカフェイン中毒なんでしょうね。

つまりナポレオンはコーヒーをがぶ飲みしていたせいで夜寝られなかっただけで、

どうしても眠くなったら仕方ないからこっそり仮眠していたんです。

なんだか一気にすごくなくなってしまった、衝撃の事実でした。